自己紹介
●略歴
- 1964年 福岡県北九州市門司区に生まれる。
- 1983年 福岡県立門司北高等学校卒業
- 2002年 すずらん台に大阪より移住
- 2005年 保育園、小学校、中学校PTA役員
- 2006年 名張市議会議員選挙で初当選
- 現在、新日本婦人の会名張支部委員、日本共産党名張市委員会副委員長
- 家族 夫、ニ男ニ女、ラブラドール(メス犬)
●私の歩み
幼いころ〜学生時代
北九州市門司区の山も海もある自然豊かな土地で生まれました。春は山菜取り、初夏には潮干狩り、秋には米の収穫の手伝い、冬は田んぼで凧あげをして遊びました。子どものころから元気いっぱいでした。
中学校時代は、バスケットボール部に入り、副キャプテンとして毎日汗を流していました。高校生になり、音楽に興味を持ち、同級生の女の子とバンドを組み、文化祭で演奏もしました。

(写真左)中学生の頃
(写真右)中学1年生の頃(バスケットボール部)白の体操着が私です
日本共産党との出会い
宝飾店で働いていた頃(24歳)
両親は、私が幼稚園に通っているころから共働きのため、カギッ子でずいぶん寂しい思いをしました。暮らしは楽ではありませんでした。
私もバブル全盛のころ、宝飾店で働いていましたが、売上ノルマと長時間労働で体調をくずしてしまいました。そんな時、「人間らしく生活するための社会づくり」を目指す日本共産党を知り、入党しました。
地域のみなさんとごいっしょに
地域のみなさんと
子どもが生まれてから、地域の同じ子を持つお母さんと一緒に新日本婦人の会の幼児教室に参加、「1人ぼっちのお母さんをなくそう」「みんなで子育て」をと地域活動(PTA、子ども会)に積極的に取り組みました。こどもの成長とともに、小学生の算数教室を始め、「数学で育ちあう会」の講師になりました。
市会議員として決意新たに

子育て中のお母さんから「子育てで心配するんが一番いややねん」という声がありました。病院、保育所、学童保育、学校給食、通学バス定期・・・心配なことばかりです。私が街頭演説中に手をふると子どもたちが屈託のない笑顔で手をふって応えてくれました。 高齢者の方からは、「この先の生活はどうしたらいいのか?」「介護のことや、年金は減るのに保険料や税金は上がって大変!」との声が寄せられています。 子どもの笑顔、高齢者が安心して暮らせる名張市になるよう、市会議員として決意新たにがんばりたいと思います。